昭和62年1月の日記後編
27日 朝床に便としっこをしていたので鋏で毛を刈って取り除いてお湯できれいに
してやった後は気持ち良さそうに寝ていた
毎日裏に来てからは妻にさすってほしいと目で催促をする様な気がすると言い 体全体を自分が疲れるのも忘れてなでてやっていた
28日 5時に起きておしっこ その後いつもの様に出掛けた(水曜日)
7時半頃玄関に来たら妻がこんな時に何時までも帰ってこないと泣いて
怒っていたポチが死んだと言う安らかな死に涙する合掌
7時5分頃死亡 今日は暖かになる予定で皮のデンチ?を洗って乾かして
おいたのが無駄になったもう3日いや1日でも生きてくれたら
12時15分頃抱いて八事へ13時20分頃手続きをすませて保冷室へ
包んだ紫色の風呂敷を解いてフタを開いて安らかに眠った頭をなぜて
最後の別れにバナナ一本とビスケット5枚も入れて数珠を持って行った
をしてもとどおりに包みなおしてドアを開き先客達20余箱の上に冷気の
直接当たらない隅の方に置いて室の扉を閉めた
こんな悲しさは繰り返したく無い二度と犬は飼うまいと思う
飼わない事がポチへの本当の愛のあかしかも知れない!!
昭和62年1月の日記前編
1日 雨もあがり熊野三社におまいりして家に帰ってから除夜の鐘をきく今年こそ病気にならぬ様にお互い頑張らねば 但し犬は除かなければならぬ様で可哀想だけど致し方なし よく食べるけどやせて腰のあたりの骨が出て来ている感じだ 年賀状67枚
今年から散歩も一人となった
3日 2、3日と続いて笠寺観音へ 星まつり4人一人1000円値上げ?の様だ
4日 18000円の煮〆もほとんど私一人で片付けた様なもの胃袋が可哀想?
Sさんの処長女生まれる 共に元気との事おめでとう
5日 三期の愛知大会
19日 昨日は人が来て犬が一声吠えたけど久し振りだった
朝食は食事を残したこんなことははじめて菓子を手に持ってやっても方向違い
の方に口が行く所をみると視力も弱くなって来た様で可哀想だけどどうにもな
らない
22日 寒いというので段ボールの箱でかこってもまだ寒そうだと妻が言い出し裏の
ミシンの場所に移してやった日中日が照るので可成り暖かそう
25日 長男達が来て犬がくさいと言っていたけど私は鼻が悪いので苦にならない
昭和50年1月2月の日記
1月
14日 Kの見舞い カステラ1500円
8日 山王会館で戦友会30人(4000円)
27日 長男に人形の贈り物
2月
22日 Sさんで法要 妻参詣
26日 電話取り付け 51043円